キラルドラッグの代表例であるサリドマイドは、鎮痛・催眠剤として販売されましたが、妊婦が服用した際に重篤な副作用である催奇形性が報告され、一旦販売が中止されました。しかし、近年になりサリドマイドは、ハンセン病、多発性骨髄腫など、複数の難病に対する薬効が報告され、販売が再承認されるなど再び注目を集めています。
サリドマイドはキラリティにより、その薬理作用が大きく異なります。さらに、このサリドマイドのキラリティは条件により反転してしまうため、安全性の観点から「どういう条件でキラル反転してしまうか?」を評価することが不可欠です。しかし、サリドマイドは固体状態で販売・服用されているにも関わらず、キラリティに関する研究はほぼ全てが溶液中で行われており、固体状態における研究は数例を除いてありません。
本研究では、我々が独自に開発してきた光学測定装置 G-HAUP により、固体状態のサリドマイドのキラリティを「固体状態のまま」評価することにより、固体状態における安定性、反応性(キラル反転・加水分解)などの物理化学的特性をより正確に明らかにすることに挑戦しています。
我々は、サリドマイドの結晶を溶媒蒸発法により育成し、単結晶X線構造解析及び量子化学計算を行うことにより、融点や溶解度といった物理化学的性質の違いが結晶構造に起因していることを世界に先駆けて明らかにしました [1]。また、これまで明らかとなっていなかったサリドマイド代謝産物 CBG の絶対構造を決定し [2]、サリドマイドとCBGを含む代謝産物間の加水分解・脱水反応メカニズムを明らかにしました [3–5]。さらに、昇華法による結晶育成法を開発し、気相中でサリドマイドがキラル反転を起こす可能性があることを実験的に明らかにしました [6, 7]。エナンチオマー結晶とラセミ結晶の温度依存性を世界で初めて測定し、二量体の対称性のわずかな違いに起因して熱膨張挙動に明確な差異が生じることを明らかにしました [8]。また、極性非プロトン性溶媒であるアセトニトリルをはじめ、複数の溶媒中における円二色性および旋光性測定を通じて、TDのキラル光学特性を系統的に検討しました [9]。
関連論文
- [1] T. Suzuki, T. Asahi et al., Phase Transitions, 83, 223–234 (2010).
- [2] K. Otogawa, T. Asahi et al., Acta Cryst. E, 71, 107–109 (2015).
- [3] Y. Ogino, T. Asahi et al., J. Theor. Biol., 373, 117–131 (2015).
- [4] Y. Ogino, T. Asahi et al., Chirality, 29, 282–293 (2017).
- [5] T. Taniguchi, T. Asahi et al., Chem. Lett., 50, 1388–1391 (2021).
- [6] M. Kira, Y. Shiga, K. Nakagawa, T. Asahi et al., Cryst. Growth Des., 24, 3133–3139 (2024).
- [7] 中川鉄馬, 吉良美月, 朝日透, 月刊細胞, 56, 1009–1013 (2024).
- [8] A. Matsumoto, K. Nakagawa, T. Nakanishi, M. Kira, T. Asahi, J. Am. Chem. Soc., 147, 11988–11997 (2025).
- [9] K. Okano, M. Iwata, M. Kira, A. Matsumoto, T. Nakanishi, N. Shibata, T. Asahi, K. Nakagawa, Chem. Lett., 55, upag158 (2026).
プレスリリース
温度によるサリドマイド結晶の構造変化を明らかにマスコミ等による報道
- [1] 科学新聞 「サリドマイド結晶 温度による構造変化解明」 2025年5月16日 ※紙面の4面に掲載
- [2] 日本経済新聞電子版 「早大・東京科学大・名工大・東大、温度によるサリドマイド結晶の構造変化を解明」 2025年4月10日